嫌われたくない

一年の半分が過ぎ、今日から7月です。本格的な夏の到来です。
私は夏生まれなので、冬より夏が好きなのですが、それでも昨今の暑さは勘弁してくださいと思うことがあります。
心地よい春や秋は近年とても短くなってしまったように感じるのは、私だけではないように思うのですがいかがでしょうか?

今回は、最近私を悩ませていることについて書いてみようと思います。
突然ですが、あなたは嫌われるのは怖いですか?
多くの人の答えは「はい」でしょうか。万人に好かれたいとまではいかなくても、できるだけ人に嫌われたくはない。相手が自分の身近な人であればなおのことです。
全く同じことではないですが、最近よく言われる「承認欲求」とも関わっているのかもしれません。

相手に嫌われたくない、認めてもらいたいと思うと、その人のことを意識して気に入られる言動をしてしまいます。自分の気持ちや思いと、その言動が一致していなくても無理をしてしまったりもします。そして、その人のことが中心になって、他のことに気づきにくくなってしまったりもします。こういうことを、自分が気づかないまま起こしてしまうので、案外厄介なものです。周りへの影響も大きかったりします。
今私は、こういうことが起こってしまっている組織に関係していて、何とかならないものかなぁと時折心を痛めています。

人ごとのように書いていますが、私の中にもこういう部分はあります。割と人にどう思われるかを気にしない(これも問題ではあるのですが)方なのですが、孫には嫌われたくないです。だから孫が喜ぶことは何でもやってしまいます。好きな食べものやおもちゃを買い、抱っこと言えば抱っこをし、できる限り嫌がることはしない。自分のことは後回しにしても、まず孫です。そして、「ばあば」と呼んでもらい、喜んで近寄ってきてくれたら私は満面の笑顔です。声だって裏返っちゃいます。そんな私に、周りがどんな目を向けているかなんて関係ありません。私が最も自分らしくいられない、いや最も自分らしい時なのかもしれません。

嫌われたくない人が、こんな風に特定の人に限られていないと、誰に対しても気を遣い自分らしくいられなくなります。常に周りの様子を伺い、自分への評価を気にしてしまうのです。ある意味、集団の中で生きていくのに必要なものですが、過剰になってしまうとしんどい思いをしなくてはならなくなります。八方美人的な言動も多くなり、自分らしさを失っていくかもしれません。

人は厄介な生き物だと私は時折思うのですが、「嫌われたくない」「自分を認めてもらいたい」この思いは、その人にとって疎かにできないものだけに、本当に厄介なものだと思います。誰もが自分に正直に、人に対して率直にいられるのがいいなぁと思うのですが・・・

人生を一巡して(還暦を迎えて)もう数年経っていても、まだまだ人との関係に悩みながら生きています。穏やかな余生を送れるようになるには、まだまだ修行が必要なようです。

そして、私が孫の僕でなくなる日はいつ来るのでしょうか。お互いに一人の人間として、対等に対応できる日が楽しみです。
今のこの毎日も楽しく、幸せな毎日なのですけどね。