老眼鏡

 「趣味は?」と聞かれたときこれといって趣味のない私は「読書です。」と答えていた。鞄の中にはいつも何かの本が入っていた。
 
 ところが、50歳前になったころから急に細かい文字が読めなくなり、読書の量がぐんと減ってしまった。


 元々、視力はよくて「見えない」ということがわからなかった。視力が良いのが数少ない自慢の一つでもあった。だから、見えなくなったことを認めたくなくて頑張っていた。しかし、本の位置が手元からどんどん遠くなっていったので、仕方なく、最初は虫眼鏡代わりに100均の老眼鏡を購入した。
 初めは時々かける程度で済んだ。でも、急速に度が進み、去年の春、眼鏡屋さんに行きちゃんと自分に合った眼鏡を購入した。


 眼鏡を使用する機会が増えるといろいろと支障が出てきた。
 まず、鼻と目の間のところがとても重く感じて疲れてしまう。酷い時は耳まで痛くなってきてしまう。眼鏡屋さんでちゃんと調節してもらっても、あまり変わらない。たぶん、顔の上に何かが載っていること自体に慣れてなくてつらくなるみたいだ。
 また、遠くはちゃんと見えるので、近くのものを見るときだけ眼鏡をわざわざかけなければいけない。かけたりはずしたりが面倒くさくて、かけたまま新聞を読みテレビを見たりすると、まるで「大村昆」みたいになってしまいかっこ悪い。(この表現みなさんわかってくれますよね?)
 一番困るのは、必要な時にちゃんと眼鏡が見つからないことだ。これは私のだらしない性格のせいもあり、使っていた場所に置きっぱなしにしてしまうことが多いためだ。眼鏡を探すことでうイライラが増えてしまった。 
 だから今、眼鏡は1階用・2階用・外出用の3つに増えた。それでも、眼鏡が見つからなくて、読書をあきらめることがあるのが情けない。


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