友人の退職

 短大時代の友人が「仕事を辞めるんだ」と連絡をしてきたのが8月半ば。短大卒業からずっと続けていた仕事だったので、何かあったのかと心配していた。
彼女が結婚したのは卒業した年の秋。突然「結婚するよ」と聞かされ、理由を聞くと「この先春まで仕事は忙しい時期になっちゃうから、この時期しかないのよ」と言った。結婚するってそういうもんなのかな?などと思ったっけ。私は2人の馴れ初めから知っていて、ご主人のことも当然知っているので、教会での式に駆けつけた。
彼女が結婚して、私がまだ独身だった頃、長電話の途中で「今日は彼が当番の日」だから大丈夫と言うことがよくあった。2人とも仕事を持っている状況の中で、結婚当初から家事全般を当番制にしているということを聞き、よくできた旦那さんだと彼女に何度言ったことだろう。
その後も仕事をしながら2人の子供に恵まれて、自宅と職場が近い方が良いという理由でトラバーユしたこともあった。
子育ての時には「仕事をするために子どもを保育園に預けているけど、保育園に預けるために働いているような気がすることがある」とか、「仕事から帰ってからの子どもたちと一緒の時間は、本当に子供たちのことが愛おしい」と言ったこともあったが、その後に「一日中、子どもと過ごせるのは幸せ」と私に言い、当時子育て中だった私が「まるで世の中の仕事をしている父親の台詞」と反論したこともあった。
今日、久しぶりに一緒にランチをしようとさそっていた。
「ところでどうしてやめようと思ったの」と尋ねると、「下の子どもが今年の春に高校を卒業した。このあと定年まで働くより、ここで生活を変えてみたかった。今は今までできなかったことがいろいろできて、やめてよかったって思う。」と話してくれた。
子どもの学齢と、今の自分の仕事を関連付けて考えている私にとっては、すごくよく理解できる話だと思ったのでそう伝えると、今度は「今まで辞めた理由を伝えた相手で、賛同してもらえたのは初めて」と言う。どうも「せっかく30年近くも勤めたのに辞めるなんてもったいない」と言われ続けていたらしい。
今まで彼女とは、お互いに働いていた時は職場の環境の違い、結婚後は専業主婦と仕事と家庭の両立者など状況の大きな違いがある中で、自分を映す鏡の中の存在というふうに捉えたことはなかったと思った。今日久方ぶりに話してみても、鏡の中の存在という風には思っていないかもしれない。例えるなら、並んで鏡を覗き込んでいるような感覚かもしれない。
彼女本人と鏡の中の彼女、それぞれを観たり、それぞれに話しかけたり、そして、自分の姿をも映している。これからは少しそんな相手と意識して付き合ってみる事があってもいいかもしれないと思った。
今「専門学校に通っている」と言っていた。「どんな?」と尋ねたが「モノになるまで言わない」と、結局教えてもらえなかった。そのうち教えてくれる時がくるんだろうな。


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