週末の出来事から

秋が足早にやってきたのか、久しぶりに風邪を引いてしまった。

土曜日の夜には、喉が痛くなり、まずい!と思ったら、
案の定、翌朝には、声がかすれて、喉もヒリヒリ・・・痛い。
日頃、無意識に呼吸をし、唾液を出し、飲み込んでいる行為が
痛い!という感覚と共に、秒刻みで意識してしまう。
わたしの喉は、ここにありますよ!という主張が、すご~く感じられる。
痛さを避けるように、呼吸も静かに、口数も少なく、マスクをかけて
過ごしている。
こういう時は、大事をとって、おとなしくしているとよいのだが、
日曜日の礼拝、しかも諸々の当番になっている上に、連絡事項を
皆の前でアナウンスする必要もあり、マスクをして出かけた。
家から車で数分という場所にあるため、その距離間もあり、かれこれ
16年間通っている。短大時代の恩師メリット先生が、当時この教会の牧師だったと
いう理由で、家族で洗礼を受けた。
教会には、高齢者も多いため、なるべく、はっきりと、大きく、声を出すように
心がけているのだが、この症状では、そのようなことも出来ず、マイクをマスクに
近づけ、アナウンス。
最低限の項目、必要なことに絞って、言葉を選び、伝えてみた。
こんな風に、いつも以上に、意識をしてみると、普段は見えていない自分の
伝え方の傾向などにも、気づくものだ。
やたら長くなる。
必要以上に余分なことまで言う。
結局言いたいことが伝わっていない・・など。
もっと相手にわかってもらおう、とか、場を和ませたいなど、色々な思いの表れだと思うのだが、シンプルに、言いたいことを言い切る明確さ、潔さも必要。
すっきり言い切る! わかっているけれど、ついつい、自分の癖に流れやすい。
さえ、今日になって、このブログを書きながら、思い出したことがある。
「喉がちょっと変だ」と感じながら、土曜日の夕方、恩師の還暦を祝うパーティーに向かった時、タクシーの運転手さんから、「アメいかが!」と薦められ、ホッと癒されたこと。そして、帰り道、歩きながら「喉がイガイガするし、マズイ!」と思っていた時、Seedsの仲間に「乗って行かない?」と、道端で拾ってもらったことなど、偶然とはいえ、薬以上に、嬉しいかったな・・・と。
そして、土曜日の還暦をお祝いするパーティーは、本当に楽しかった。
和やかな雰囲気と共に、久しぶりに出会う懐かしい顔ぶれがそこ、ここ、にあり
主役の恩師を中心に、集まった人の思いが一つになっていた。
準備に関わったメンバーの思い、
お祝いに集まった方々の思い、
そして、恩師とご家族の思いが一つになって・・・。
「心を合わせ、思いを一つにして、わたしの喜びを満たしてください。」
                   フィリピの信徒への手紙2・2
  
   
  
 

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