ちょうどひと月

 3.11から、ちょうどひと月になる。
新聞の記事に、9.11 3.11と載っていたが、島国の日本の東日本大震災は、あのニューヨークの爆破テロ事件の報道とおなじくらい、世界中に報じられ、地震・津波のその被害の大きさ、その後の原発事故の進展や対応と共に、世界中の関心を今も日々刻々と集めている大事件なのだと思う。
そして、また、今日も、震度6強とかの余震が・・・
一日に何度も起こる余震、そして停電、津波警報・・・
避難所に暮らす人たちの生活環境も、街のがれきの撤去さえ、エリアが広すぎるせいか、地域によってまだまだ、改善されないでいるとの報道もある。
あの震災以来、しばらくテレビ放送が、震災のニュース一色になった。普通のCMも流れない。
ACの広告だけが、繰り返された。
日本中が、深い衝撃と悲しみの中にあって、日に日に報道される悲惨な映像に驚愕し、怯えた。
まだ、そんな状況の時、私は、あるステージでバンド仲間と一緒に演奏する機会があった。
数か月前から、その演奏会は開催が決まっていて、出演する団体は、半年以上前から
準備をしてきているアマチュアグループの発表の場だ。
震災で中止になることもなく、出番の日がきた。
私たちのバンドは、もう数年このステージに年に3~4回、季節ごとに出演させて
いただいている。いつも見に来て下さる観客の方々も多い。半分はギター伴奏の懐かしいフォークソングやユーミンなどのカバー曲、あと半分はオリジナルソングで、全体に、ハーモニーを大事に構成して9曲ほどを、40分の演奏をする。
いつもなら、曲と曲の間に、笑いあり、時事的な話しあり、メンバーの紹介ありで、フリーで
入れる会場に、たまたま、通りかかり、足を止めて私たちの演奏を聴いてくれる方々に向かって、
いろいろなメッセージを織り込みつつ、楽しんでいる。
だが、今回は、どうしようかと悩んだ。用意していた曲の構成を変えるべきか、
あまりに楽しげな曲は、こんな気分のときに不謹慎ではないだろうか・・・
ニコニコ笑って、笑顔での演奏は、場違いな感じにならないだろうか・・・
最後は、どんな終わり方がいいのだろうか・・・
会場に向かう車の中で聴いた、FMラジオの山下達郎の番組でも、いつもなら、たわいのない
リクエストはがきを読むところなのに、震災復興支援の特別編として、鎮魂の曲や、人の心を
癒すような曲が、次々と流れ、最後に曲紹介という、なんだか、落ち着いた構成になっており、
達郎のトークも、被災地域の方に向けた、とても真摯でフォーマルなものだった。
心の迷いが、なかなか解けないまま、とにかく、その場の空気に触れてから、素直に
やってみるしかないと、本番に臨んだ。
私たちの出番のまえに、司会者から、会場に設けられた義援金箱の紹介があった。
日本中の人が、さまざまなとらえかたで、影響を受けている事件。
そして、ここにいる人たちにも、いろいろな感情が流れているのだろう。
一曲目が終わって、ギターチューニングの間、私が話をした。
大変な震災が起きたこと、それを、驚きと、哀しみと、まだ受け止めきれない気持ちでいること。
自分にできることは何だろう。今日、この場で、どんなふうに演奏したらいいのか考えたけれど
答えが見つからないこと。ただ、一生懸命歌うことで、遠くからでも心配や応援をしていることが
届くように、祈る気持ちで演奏したいと思うことを、たどたどしく話した気がする。
会場からは、温かい拍手があがって、ほっとした。
用意した曲が、順番に続いてゆく。
最後の曲 用意したのは、大切な人と永遠の別れをした想いを歌った「木蓮の涙」
3か月以上前にたまたま用意したもので、今回の震災のことなど想定にはなかったのだが、
この曲は、私が歌いたかった曲。ただし、時期的に震災のことや、被災したご遺族の気持ちに
つながるので、最後にするのは、ためらいもあった。
会場が、かなしい気持になりすぎてしまうのではないか・・・と。重苦しくなって
しまわないかと・・・
でも、曲順を変えることなく、演奏することにした。
「別れ」の曲であること、3月、いろいろな別れがある季節だけれど、こういう別れもまたあること。
そう前置きだけして、歌った。
こころは、嘘をつけない。
哀しいときは、嘆き、叫んだり、泣いたり、何かに悲しみを託したり、人は、苦しみもがくの
ではないかと思う。
そこを、通りすぎないと、なかなか、歩きだせない。
それを、どこかに置き去りにしてほしくない。
本当に、そこにいる人たちを目の前にした時、「元気を出して」とは、きっと言えない。
思い切り、哀しんで、泣いていいよ。と、そう言いたい。
そんな思いがあって、哀しい歌を、最後に歌った。
説明なんかできないけど、私は、そう信じて、歌った。
日本中に哀しい気持が充満しているときに、哀しい歌はどうなんだと
思ったけれど、どうしても、明るい曲に乗れる気分ではなかったし、
その場に不釣り合いに思えた。
曲が終わって挨拶すると、アンコールの声が上がった。
時間の都合もあって、また、次回というお返事をしたが、あとでその方が、
メンバーの一人のところにきて、演奏した中の気にいった曲をリクエストしたかったと
おっしゃった。こころ温まるような曲を、最後に聴きたかったというようなことも
あったみたいだった。
なるほど、そういう終わり方もあったかもしれないな。
その方も、素直な気持ちを伝えに来てくれたんだな。と、ちょっと思った。
けして、楽しい、盛り上がる曲を求めたわけじゃなく、ただ、こんなときだからこそ、
こころ温まる、そんな思いをしに、いらしていたんだなと。
次回は、アンコールに応えられるように、したい。
素直な思いを、演奏する側、聴く側が、共有して、音の流れるいい時間が
創れたら、ありがたいと思う。
テレビ番組も、10日ほどして、徐々に普通に戻ってきた。
勿論、報道は続いているし、復興支援の活動も盛んになってきている。
まだ、まだ、支援もボランティアも足りてはいない地域も多いが、
日本中の気持ちが注がれている。
歌手も、スポーツ選手も、俳優も、ラーメン屋さんも、いろいろな職業の方が、
自分のできる形で、支援の輪に参加している。
被災地の方はもとより、それを報道で知る私たちも、それを見て勇気づけられる。
自分も立ち上がらなければと思う。
ちいさなことでも、継続してできることをして行きたいと思い、
毎週3回ほど行く、スポーツ施設においてある義援金の募金箱に、
行く都度毎回、募金をすることにした。
もうひとつは、仕事。
私の仕事は、全国の各県にある共済組織で、被災地域の県にもあり、
ご加入の方が、困った時に、給付金を受け取ることができるしくみになっている。
今回の津波、震災で、被災県の共済も、通常業務ができる状態ではないが、
そこは、全国の組織なので、関東の本部が対応し、給付をすでに迅速に
開始したとのこと。各県の組織が力を合わせて活動することで、被災地の方にも
貢献できる。
直接、現地に赴くことはできないでいるが、仕事を通して、また、募金を通して、
思いを届けられるようなことができたらと思っている。
もちろん、食料や、水の不必要な買いだめもしないように。
                                            ruko
 


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