万年筆

 子供のころ(幼児のころ)なりたかったもの。
女の子はみんな、ケーキ屋さん、花屋さん、パン屋さん・・・
私は、「文房具屋さん」だった。
今にして思えば、ちょっと変わっていたかもしれない。
幼稚園に通っていた頃・・・
そうだ、勉強机も買ってもらった時期だから、小学校に入学する前だったかもしれない。
私は文房具が、なぜだか、大好きだった。
家にあった、背の高い本棚。
その下の段が、引き出しになっていて、そこに、父の筆記用具やペンなどがしまってあった。
鉛筆や、赤鉛筆、ボールペンもまだ、高級感のあるキャップのついたものだった気がする。
それから、罫線の入った、黒い背表紙のノート。ペン先をとりつけるペンとインク。便せんや封筒など。
引き出しをあけると、少し古い、紙の匂いがして、それがなんだか、たまらなく好きだった。
大人の匂い。
本当はいけないと言われていたのに、誰もいないときにも、こっそりとその引き出しを
開いては、その匂いを嗅いだり、鉛筆やノートを取り出してみたりしていた。
ボールペンのキャップを取っては気取って書いてみる真似をして、そっとまたもとに戻す。
寝る前には、いろいろと想像をする。
大人になったら、この本棚を自分のものにして、全部の段に、好きな文房具を買って
一杯にする。
鉛筆、匂いのついた消しゴム、ペンやボールペン、帳面や色のついたハナカミ・・・
今は、文房具屋さんに、預けてあるけど、いつか、全部を自分の物にしたい・・・
いや、いっそ、文房具屋さんになってしまおう。
そうすれば、毎日、あのいい匂いに包まれて、幸せな気分で暮らせそうだ・・・
そんな想像をしつつ、至福の眠りについていたのを、今も覚えている。
それからも、文具店は、時別な存在。
筆記具やノートを見るのは、今も、相当好きだ。
ネット通信、パソコン、ウェブの時代、筆記具もノートもだんだん不要なものになっていくのかも
しれないが、反対に、レトロな感じのする、あの、子どもの頃に好きだった匂いのするような
筆記具に妙に惹かれる。
ここ数年の間に、年賀状の添え書きを、味のある万年筆の文字でくれる友人がちらほら。
もともと、ペン字の好きな私。便利なゲルインクのボールペンを愛用してはいるけれど、
今年も、いいなあ・・・と、気になってしかたなかった。
その上、たまたま最近読んだ小説のヒロインが、万年筆売り場の店員として登場した。
高級万年筆を、いろいろなうんちくを上手にちりばめながら、お客にすすめていく。
手触り、質感、インクのすべり、試し書き・・・
そこに、愛読雑誌の特集記事。
「おしゃれな女には、麗しの万年筆がよく似合う」
輸入ものの万年筆、工芸品のような美しさと、落ち着きを備えている・・・
グラビアには、次のページの高級腕時計やダイヤのイヤリングに負けないほどの
麗しい万年筆が、たくさん紹介されていた。
数日、グラビアを眺めて、決心。
そして、とうとう、今日、あこがれの有名文具店(書店)であるM善に出かけ、
めざすショーケースを何度か往復して・・・勇気を出して・・・
「これ、見たいのですが・・・」
イメージぴったりのデザイン、書き味のものが見つかって、
すぐに決まった。
まるで、私が購入するのを、待っていてくれたみたいに。
さっそくインクを入れて、試し書き。
ときどき書き連ねている日記も、これから、毎日、それも、いつもの
3倍くらいは、書きそうな気がする。
今日は、これを枕元に置いて眠ろうかしら。
そんな気分になっている。
万年筆は、使っていくうちに書き味が自分の癖にあってくるそうな。
だから、人に貸してはいけないと、注意書きにあった。
そういう代物を手に入れたのだから、大事に使って行こうと思う。
自分らしい、書き味になるように・・・
幼稚園の頃、あこがれていたインクと紙の匂い。
大人の匂いに、ちょっとだけ、近づいたかな。
いや、まだまだ かもしれないな。
道具を持って、使って行くうちに、それに近づきたいと思う。
                                              ruko

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