行動と,その奥にある思いについて

 
先日週刊誌を読んでいたらロザンナさんとお嬢さんとの対話が載っていました。
ロザンナさんって,わかりますか?
昔(?)ヒデとロザンナという名で歌っていたペアのうち,奥様の方。
今はショートカットですがたしか当時は髪が長く,イタリア人らしい風貌で,
おちゃめで明るい雰囲気がある方。
ご主人のヒデさんはずいぶん前に病気でお亡くなりになっています。
そのロザンナさんが語っていたのは,ヒデさんを亡くした時の自分の涙について。
私の記憶が曖昧なので違っていたら申し訳ありませんが,
夫君を亡くしてひどく悲しみ,泣いていたロザンナさんは,
ある時,自分が泣いているのは夫を亡くして悲しいからではなく,
夫無しでこの先どうやって暮らしていったらいいのかと思ったら,
そんな自分がかわいそうで泣いていたと気づいたということでした。
そして,それからは泣かなくなったと。
そういえば私も遠い昔,同じような経験をした思い出があります。
私の場合は失恋。
高校生の頃の,恋と呼べないくらいはかないものだったと思うのですが,
交流のあった男の子にふられて,毎日泣いてばかりいました。
その男の子と親しくできなくなるのが悲しくて泣いていたのに,
やがて,ふられた自分がかわいそうで泣くようになっていました。
自分がかわいそうで泣いているんだと気がつくと,
なんだか泣くのが馬鹿らしくなってきて,
泣かなくなっていったと思います。
皆さんにも同様のことに心当たりがあるかもしれませんね。
ここで例に挙げた泣くという行為は,
直接他者に働きかける行為や発言,
コミュニケーションの道具としての言葉とは,
やや意味が異なっていますが,
自分の思いが表現され,他者に知覚され得る行為のひとつです。
自分の思いは,この例の涙のように,
意識するしないに関わらず行為となって表現されることがあります。
つまり,ふとした行為の奥には,
さまざまな感情があったり,ある思いがあります。
はじめは大切な人を失って悲しんで泣いていたのが,
いつのまにか,自分を悲しんでの行為になっていた。
泣くという行為は同じでも,
その背景にある思いは変化していたということでしょうか。
どうも,行為とその背景にある思い(や感情)は
いつもいつもぴったりと一致しているわけではないようです。
自分は一体どんな感情や思いに動かされて,
行動(言語表現も含みます)をとっているのか・・・。
自分がとっている行動は,自分の心の奥にある思いとよく一致していて,
それを適切に他者に伝える物になっているのかどうか。
時々それを確認してみるのは,無駄ではないようです。
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