宴会幹事という体験

ここで紹介しようと思っているのは、
私が最近とあるお祝いの宴の幹事役をした時のこと。
この会には招待客(会費無料の人)が何人かいて、招待する側(会費有料の人)も何人もいる。
お子さんと参加する人、遅れる人、早引きする人いろいろだ。
お店を探し、事前にお祝いの品をいくつか準備したり、会費の金額を決めたり、出席についてメールで何度も確認したり、終わったら終わったで会費の清算や写真の郵送と、幹事役に不慣れな私が一人で全部をやるには、ちと荷が思い。
そうかと言って、仲間(手伝ってもらえそうな人が2名いて)に準備の分担を頼むにも、何をどれだけやってもらったらいいものやら、私がやりかけた仕事を途中から任すのも難しい。
いちいち始めから説明するのも面倒に感じてしまうし…。
結果、ちょこちょこっと手伝ってもらいながら、でも悶々としながら、私は何とか幹事を終えた。
終わって感じるのは、
この会の幹事は形式的には私一人だったと言うこともあるし、
仲間の二人は他の会の幹事をやっているという事実もあり、
その二人に私は遠慮してしまった部分が少しあるということ。
仲間たちと情報の共有化もそれなりにやってはいたが、工夫の余地がまだあったと思う。
それから思うのは、
参加者の皆さんはそこそこ満足そうにしていて、会自体はつつがなく終了し、
幹事の役割を一応は果たせたらしいと言うこと。
自分一人で抱えすぎないで、先の二人の仲間に話して協力を得たところも何度かあって、そうやって助けてもらったことに私自身も満足している。この仲間二人も、満足そうだったと言うこと。
ラボラトリー方式の体験学習の循環過程で考えると、
ある体験があって(大きなくくりで言うと、幹事をしたという体験)
そこから見えてくることがいろいろあり(一人で仕事を抱え込みがちで悶々としていた、こちらから求めれば他の人からの援助を得ることができた、参加者は満足そうだったということなどなど)
これを分析、仮説化して(仲間と情報の共有化の方法を工夫したらよかったとか)
次の新しい体験に生かす、ということになるだろうか。
他の人からフィードバックをもらえるともっと違うことがたくさん見えてくるはずだけれど、あいにく今回はフィードバックをもらうチャンスがない。
人間関係の部分だけで書くとこんな感じで、人間関係以外の部分で考えれば、今度は違うお店でやろうとか、お祝いの花篭はまたあのお店のにしようとか、そんなことも見えてくる。
(循環過程はもっと細かい体験のサイクルで循環させた方が、より具体的に考えることが出来て、実行に移しやすくなるけれど、ここではざっくりと記述してみた。)
不慣れな幹事をやってみて、可もなく不可もなく会は終了したという感じだが、成長の余地はまだたくさんあるようにも思う。
もう幹事役はやりたくないなぁというのが本音だけれど、
役が回ってきたら回ってきたで、また少し成長できるチャンスをもらえたと考えて取り組むしかないかなと、今は思っている。
*説明的な記述が多くて、ちょっと読みにくいですよね。
想像力を発揮して、私の文章の足りないところは補って読んで下さい。


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