ばらばらで一緒

 4月からのSeedsは,新しい仲間を迎えたことと、長年の仲間の旅立ちの両方が、ほぼ同時にやってきた。
わたしは出入りのある開かれたグループとしてのこのあり方が好きである。
 グループを長く続けていくことは、それなりに努力が必要である。
続いていればいいというものでもなく、メンバーひとりひとりにとってここちよい場であり続けるには、お互い何らかの犠牲や妥協も必要である。その努力は、犠牲や妥協というものを差し引いても余りある魅力がグループにあるからできるものだと思う。
 3月に東海心理学会で元九州大学教授の村山正治先生のエンカウンターグループの話を聞いた。最近はグループ嫌いの若者が多く、強制参加や同調圧力に対する過度のアレルギーがあることを話された。そのため、エンカウンターのやり方を、形に固執せず、役に立っているか、立っていなければ見直すというスタンスをとることにし、つながりを持ちつつ出入りを認めるという実践をしているそうだ。本人にとって、今何が大切かを尊重したのである。
 その話を聞いたとき、Seedsとよく似ていると思った。わたしたちも本人がどうしたいかを尊重するスタンスだ。今違ってもまた一緒にいたいと思ったら、戻ってくれたらいい。できればそうであってほしいが、そうでなくてもいい。長年一緒にやってきたというつながり感はそれぞれの中にあり、違う道にいてもその思いは変わらない。わたしたちは自由なのである。
 わたしはと言えば、みんなとともにあーでもない、こーでもないと言い合いながら、新しい風をうけつつ、変化を楽しみながらやっていきたいと思う。


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