笑うこと

 私の職場は、住宅地の中のショッピングモールの一角にある。
毎日、多くの人々が、買い物や、食事や、用足しに訪れる。
毎日仕事で過ごしていると、顔なじみになる人もある。
通りがかりに、声をかけて行ってくれる。
その一人に、いつも帽子をかぶった、ダンディなおじいさんがいる。
毎日挨拶をしていかれるのだが、時には、楽しいオチのある話をして、笑わせてくれる。
また、「ワタシ、13ネンマエニ、チュウゴクカラキタネ」と、手品師の北京さんよろしく、中国人の片言日本語を披露したかと思えば、長い間、培ったユーモアのセンスあふれる、面白い話や、ダジャレを織り交ぜ、話して行かれる。
こちらが、仕事で忙しそうにしているときは、挨拶くらいで、すぐに行かれるし、そうでないときは、
「あんたらの顔見んと、なんだか、さみしいわ」などと言って、話していかれる。
笑わせてもらっていると、「ほんでもよお、人間、笑っておらんといかんよ」と、ふと、言われた。
その方は、ひと月前に、奥様を亡くしたばかり。
「おれも、こんなおかしなことばっかり言っとるけど、家ではさみしいから、泣いてばっかりだったわ」と。
冗談か本当かわからない言い方だったけれど、そんな状況の中でも、毎日、買い物や食事に来られ、そこに集うお仲間と、話をされて過ごしていた。
時には、人を笑わせ、人の世話をしたり、人気者だ。
「笑うこと」か・・・たしかに、その方と話していると、ついつい大笑いしてしまう。
普段は、まあ、おかしいことを話したり聞いたりしても、お腹を抱えて、笑ってしまうことは
なかなかない。
何かをしながらだったり、適当に聞き流していたりすることもあるだろうし、
そんなに期待もしていない。
テレビのお笑い番組を、真剣に見ていても、それほど、おかしいとも思えない。
ネタが細切れすぎて、奥深い笑いにならないのかもしれない。
それを思うと、その方の話は、何度も同じ話を繰り返す部分はあるのだが、
何度聞いても、なんだか、笑わせてもらえる。
オチがわかっていても、何度でも笑える、名人の落語家の話のような、奥行があるのかもしれない。
たいてい、自分のことをネタにされるので、人のことは、決して言わない。
そこが、上品なユーモアになっていて、大笑いできるのかもしれない。
「あんたは、笑うと、目が細くなるな。笑うと別人みたいになるな。」と、言われた。
「笑顔が大事だよ」
そう、言われたような気がした。
人生いろいろなことがあるけど、「笑うこと」を忘れないようにいたい。
今日は、3月11日、あれから1年。
今も不自由な生活を送っている方々も多いだろう。少しでも、笑うことがありますように。
そして、人に笑顔を届けられるように、私も生きていきたいと思う。
     
                                                  ruko


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