先日、ミッション系の大学でチャプレンをしている牧師先生のお話を聞きました。
この先生は、童話作家で、「ほたるぶくろの光」「ハンカチ隊長」「紙ヒコーキ」など、児童文学のお話をたくさん書いています。

気さくで、飾らないところが、ファンも多くて、お話を聞くたびに、ほっと温かい気持ちになるのです。
こんなことがありましてね・・・という話の内容に、その情景が想像できたりイメージを膨らませて聞き入っている自分がいたりします。

また、自分の気持ちも、例えば、「嬉しかったですね・・・」とか「ドキドキして本当に緊張しました。」という正直なところを聞くと、そういう思いは自分にもあるし、等身大の自分を見ているようで、素直に受け止めることができるように思います。

心のキャッチボールは、見えないボールが、まるで存在するように、行ったり来たりして、
どんなボールなのか、重いのか軽いのか、手応えを感じるか、感じないかは、自分の問題です。
受け止めたボールを自分がどんな風に感じたか、短い言葉でもいいので、相手に伝えることで、
お互いのボールの感触や印象を共有することができるのではないかと思います。

私自身、最近は、直接に言葉を交わさずに、メールやLINEで済ましてしまうことも多いのですが、
本当に必要な時は、会って話をする、それが無理なら電話で話をする。

面と向かって、丁寧に出会うことを心がけていきたいと思います。

 

先生の話に戻りますが、先日、多治見市で開催された谷村新司さんのコンサートに出かけたそうです。
カラオケも大好きな先生は、「昴」もよく歌うそうで、生で聞いた「昴」は、圧巻だったとのこと。
声のトーンや響き、ライブ感は、CDで聴くのとは、全く別世界だと。
ここにも舞台と客席で、キャッチボールがあったからでしょう。

そして、感動ついでに、さらに感動したことは、「昴」の歌詞が、とてもキリスト教的であるということに
気づかされ、嬉しかったと。

 

歌詞の冒頭、「目を閉じて何も見えない・・・・」の歌いだしも、たしかに目を閉じれば、何も見えないけれど見えない世界にこそ真理がある、という考え方や、「さらば昴よ・・・」と熱唱したくなるエンデイングも、星の集団はいつかバラバラとなり消滅する。みな朽ちて無くなってしまうが、しかし主(神さま)の言葉はいつまでも残る。
ふと聖書の言葉が思い出されたそうです。

谷村新司さんが、母校であるミッション系の桃山学院大学で、キリスト教に出会ったであろうし、そのことが
今となって、歌詞の中にも生かされ繋がっているとしたら、それは素晴らしいこと。

そのようなお話を聞きながら、私も、短大時代にキリスト教に触れた体験は、今に生かされているわけで、
仲間や恩師との出会い、またラボラトリーの学びも、今に繋がるかけがえのない宝物となっています。

 

 

 

 


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